ジャガールクルト/JAEGER LE COULTRE
ジャガールクルトの歴史は、1833年にアントワーヌ・ルクルトがスイスのル・サンティエに時計工房を
開設したことに始まります。この時代では時計工房を開設しようとする人の大半が生粋の時計職人で
あったのに対し、彼は時計作りに必要な工作機械の設計を主に手掛けるエンジニアでした。
創設からわずか11年後の1844年、アントワーヌ・ルクルトは、1/1000mmという当時では思いもよらな
かった精度まで測定が可能なマイクロメータを開発しました。この開発により、時計の精度調査は飛躍
的な伸びを見せました。 1903年には1グラム以下という、当時としては世界最小のムーブメントを開発
しました。1915年には、パリに最初の販売会社を設立し、世界的な精密機器メーカー及びムーブメント
供給メーカーとしての地位を不動のものとします。
1930年代、今度は自社ブランドの製品拡販に本腰を入れるようになります。1930年には、動力源に空気
を用いた画期的な置き時計『アトモス』を発表しました。この時計は1927年にスイスのジャーン・レオン・
ロイターというエンジニアによって発明されたもので、それを初めて商品化したのがジャガールクルトで
した。フランスのドゴール元大統領やアメリカのケネディ元大統領の執務室にも置かれていました。
1930年代はロレックスのオイスターパーペチュアルなど数多くの傑作時計が誕生し、恵まれた時代の
ように感じますが、イタリアではムッソリーニ率いるファシズム党が国家の全権を掌握したのを初めと
して、ヨーロッパ中に来るべき世界大戦の不穏な空気が流れていました。暗い時代が自らの生活に影
を落とし始めたことに敏感に察知した貴族階級はスポーツ競技、ポロに熱中しました。道具にもこだわり、
当時名声を博していたジャガールクルトに「ポロ競技の激しい運動の際に受ける衝撃にもビクともしない
時計」を発注しました。技術者やデザイナーは討議を重ね、外圧から時計を保護する為には、ケース自
体を反転させて治めるのが一番であるという結論に至り、希代の名品『レベルソ』が誕生しました。
さらに、1945年には自動巻きムーブメントにアラーム機能をつけた『メモボックス』、1950年代になると
自動巻きの巻き上げ残量を示す『フュ−チャ−マチック』と、人々が「あったらいいな」と思う機能を斬新
なアイディアと卓越した技術力で実現してきました。時計の歴史に残る名品を数多く生み出している
メーカーです。
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